色香考

連載対談(2018年の1月から折々にはじめます)


植物世界と人間世界の関わりを「色と香り」という切り口で話したい。

と、ハーバリストの鷺島広子さんにお願いして、ご快諾いただいた企画です。

 

われわれ農家もハーバリストも、ざっくり言えば植物屋です。

ただしプラントハンターみたいに深山幽谷で珍しい植物を探し出すというよりは、
むしろ人間の傍に、何千年もつかず離れず寄り添ってきた植物とつきあう世界です。

そんな植物をよく観察すればするほど、その奥に人間の姿が連なって見えてくる。

 

極めて果てない植物世界と人間世界の千彩を、ゆっくり巡る道行です(以下 文責すどう農園)。

其の壱 白

2018.12.27 新宿御苑にて

(文中 H:アッシュ・鷺島広子さん S:すどう農園)

H ジャノメエリカが満開!この花を御苑で見るの初めてです。

 

S ヒース(エリカ)は「嵐が丘」のイメージがあるから、この小春日和には似つかないですね。いぜん薬用効果のあるエリカの苗木を探したけれど、とうとう見つからなかった。

 

 そうでした。ヒース(エリカ)は園芸種が沢山あって苗木屋さんに薬用効果のある品種かどうか確認しても分からなかったのでしたね。エリカに限らず、乾燥した荒地の植物は皮膚の修復や美肌をもたらす作用があるものが多いんです。アロエもそうですが、厳しい風土の中で自分の中に水分を保とうとするんです。美白のための成分で有名なアルブチンは、このヒース(エリカ)やバラに多く含まれます。どちらもピンク色の花が多い のですが、そこから白い肌につな がるのも面白いところですね。

 

S さっそく白い話ですね

 

H それなんですけどね。
「色香考」を白から始めるのはどうしてなのでしょうね?

 白って難しい色なのですよ。
何もかもあけすけなようでいながら
じつは何かを秘めている。すべてを跳ね返しているようでもあり、逆に吸い込んでしまうようでもある怖い色でしょう?
たとえば朴ノ木の花は白ですが、その奥に凄いピンクが潜んでいます。それを見たときは、こんな色を秘めているのかと、どきりとしました。

                (ワイルドローズ@すどう農園)
           野生のローズの花は日本の野イバラやイチゴに似て、小さく可憐な花です。 

ホウ(朴)の花

            ホウの花を分けてみると、白の奥から秘めたピンクが

 H 真っ白に塗りつぶした部屋にいたら、人間は一日と正気でいられないそうです。現実感覚のよりどころを奪われるのでしょうね、白は暗黒より怖いかもしれません。光にいちばん近い色だけど、この世のものでない色。

 

S そうですか。無謀に白から始めたかな。でもやっぱり白は始まりの色ですからね。

 

H 始まりの色ですか? 白が?

 

S うん。命が生まれてくるときのイメージ。子どもの自然分娩に立ち会ったんです。まさにお腹から出てくる「御開帳」の瞬間は、いちばん大変な思いの母親が見られずにいて、ずるい父親が拝謁できるわけですがね。そのときにこれ専門用語でなんと言うのかな、白くてまんまるい膜がキュルキュルって少しづつ出てきて。

 

H 羊膜のこと?

 

S それかな。実際はそんな音はなかったろうけど、いかにもキュルキュルいってた記憶があります。そのキュルキュルがコンニチハしながらみるみる膨らんできて凄いわけ。出産に立ち会った光景がショックで不能になる父親もいるらしいけど分かるなあ、リアルだもの。

それでいま言った様に、その膜が白いわけですよ。白くて丸い存在って、それだけでホーリーでしょう?神器の鏡も太陽も、白くて丸くて神々しいですね。ましてキュルキュルって膨らんでこっちに向かってくるんですから。

 

H キュルキュルは分かりましたけど。そうかそれで始まりが白。

始まりの色というと結婚式の白無垢なんかもイメージします?

 

S あれは違いますね。結婚はあくまで節目に過ぎないもので、始まりじゃあないから。

 

H 私にとっての白は、むしろ終わりのイメージが強いかな。

 

S 川を渡って彼岸に向かうときのカラーですか?

 

H どちらかというと光が溢れて魂が天に昇っていくイメージです。

 

S 前向きな世界観だなあ。僕のご臨終のイメージカラーは地獄の黒だから。

 

H 見事に逆。面白いですね。

 

S 光つまり可視光線は波長の長いほうから「赤・橙・黄・緑・青・藍・紫」とグラデーションしますね。赤の外側は赤外線で波長が長い。紫の外は紫外線で波長が短い。どちら側も見えないと。

陰陽五行の世界では赤が陽性、つまり大地の中心に求心していくもので、その逆に紫が陰性で、地球から外に向かっていきます。そうなると陽性の極まった色が玄(くろ)で、陰性の極まったところがすなわち白ですね。つまり空に向かっていくほど白の世界になる。天国は白で地獄が黒だ。

 

H 昔の結核患者のサナトリウムは白に統一されていたそうですが、陰陽五行の肺に白が照応するところからだそうです。インド的世界だと、光の7色が人体のチャクラに対応していて、上が紫で下に赤が対応します。チャクラと身体、そして植物の関係は興味深いものがあって、これはハーバルライフの講座で触れたりしますけれど、今日はスキップしますね。

 

S チャクラと植物の関係はぜひ聞きたいですね。講座を楽しみにしています。いま自分なりに勝手に解釈すると、人体にあるチャクラの延長として頭の上の空間あたり、つまり地球から離れていくほうに白があるのかなあ。さっきの陰陽五行と方向が一致しますね。

いっぽう紫より波長が短い紫外線は、溶接の光がそうですが、裸眼では直視したら目が灼けるほどの白です。焼き物の窯も壁の表面温度が1000度を超えると紫外線を出し始めます。そうなると眩しくて直視できません。どこまでも視線を吸い込む黒の真逆だ。白の近寄りがたさの根源はそこにあるのでしょうかね。 

           (すどう農園の梅・つぼみを練り香にもします)

白い香り

H 白い花は夜に香るものが多いんですよ。たとえば初夏のジャスミンが代表的ですね。

すどう農園にも、秋になると紅い可愛い実をつけるカラスウリがありますね。あの花は狙ったように夜の8時から9時頃に咲いて香りを振りまきます。それからクチナシも6月から7月の夜、艶っぽい香りです。そうしていまの季節(12月)なら、もうじき咲き出す梅ですね。

梅の香りは、夜のほうが断然いいでしょう?

 

S 去年そのことを教わって、満月の晩に梅の香りを一人で味わいました。

夜桜でも花冷えはあるけれど、さすがに2月の夜の梅は底冷えが突き抜けてすごい。

その寒さの中で開く夜の梅は独特の艶と凄みがありますね。梅の花の精はきっと、切れ長で憂いのある目をした麗人だな。もちろんその肌は月光に透けるような白でしょうね。うん。そんな精霊にだったら食べられてもいいかと思いました。
しかしどうして夜に香るのでしょうね?

 

H 人間を食べるためというよりは、むしろ蛾のような夜に翔ぶ虫を引き寄せるためです。

ハーブの講座でお世話になる初夏のドクダミの、あの白い花びらみたいな顎(がく)は、透き通った白ではなくて奥に何かありそうな白ですね。深い白は、花の中でも大好きなもののひとつです。

  

S 日陰のドクダミは一生眺めていたいですね。秘めやかな白は趣がある。蛾で思い出したんですけれど、野菜の白い花の代表としてセリ科のニンジンを挙げたいのですが、レースフラワーの風に揺れる優雅な姿になぜかカメムシが集まってきます。あればかりは興覚めですが、何か惹き付けるものがあるのでしょうね。

H カメムシはニンジンの他にもディルやフェンネルといったセリ科の植物の花に よく集まりますね。

セリ科の花は小さい白花が沢山集まってお花の絨毯のようになっているので、そ の上に集まるカラフルなカメムシを見るのは私は実は大好きです。農家さんにとっては害虫かもしれませんが交尾をしていたりほっと休んでいたりする様子になんだか嬉しくなってしまいます。


話を戻していいですか?日陰の白を求めるなら私は山ですね。森や藪の中で見つける白い花に目を奪われることが多いです。木の花は白いものが多くて、タイサンボクの花の白さはなんともいえない深さと色気があります。ランの仲間もそうですが、お花屋さんでは整然と整えられている花の、本来の自由な姿にはっとします。

 

S 花屋さんで見られない魅力は畑にもあります。園芸種のクルクマはショウガ科でウコンの仲間です。育ちの良い風姿ですね。ところが食用のウコンの花の白は、正確には花ではないですが、ねっとり怪しい。そうして株元に並ぶ黄色い花が沢山並んだ瞳に見える。まるで妖怪ですね。まばたきしない大きな瞳だ。じっと見つめられると色香に騙された気分で、初めは怖いけどいいものです。
タイサンボクには面識がないのですが、同じモクレン科のハクモクレンは、大柄の花で真っ白で凄い香りですね。庭に一本あれば香りをご近所一面に振りまいてくれる。ところが花が枯れてくると、ヤマユリもそうですが、もとが大柄で派手なだけになんとも「穢れた」という感じで、見た目には痛々しいけれども好きです。白の良さは汚れが目立つところかもしれない。純白・無垢の季節を過ぎたあと、しっとり熟れてどこかバランスが崩れた刹那の、こらえきれずに漏れてくるような香りが好きなんです。これって年齢相応の趣味かな。

紫ウコン(ガジュツ)の花@すどう農園
下の小さなものが花で、上の白いものは苞(ほう)という部分です
 いつ眺めても妖艶な風貌。
ここに水をあげると、すべて吸い込むように茎に集めていく形には驚きます。
故郷の屋久島は一年中雨が降るほどの場所ですから、
その風土に適応していったのでしょう。

(ドクダミ・白いものは花びらでなくて顎)
庭に生えているものを目の敵のようにむしる方もいますが、
これほど抗菌能力の強い薬草は世界的に誇るべきものです。
明日開くくらいのタイミングのものを、干してお茶にする野が一番薬効の強いものです。
広子さんの講座でも、ドクダミとはゆっくり対話しています。

(ヤマユリ・)
カサブランカなどの栽培種の原種のひとつと言われています。
誇らしげに上を向いて柵栽培種と違って、
梅雨に下を向く咲き方は、どこか儚い風情です。
日陰を拾うように生きてきた人のよう。
花にうなじはないけれど、どうしても人になぞらえてしまうの。

(ワタの花@すどう農園)
ハイビスカスやオクラとおなじ、アオイ科の花は夏に本当に優雅です。
これが秋に白いワタを弾けさせるところも見事。

(マタタビの花・マタタビの実が果実酒で有名ですが、可憐な花はあまり話題になりません)

ゲンノショウコ@すどう農園 

純白ではないのですが大事なハーブです。
胃腸の具合が悪い時の大事な助っ人。 

ニンジンは野菜の白い花の代表格。なぜかカメムシを惹き付ける

白い肌は美しいか

S 「美白」の話をしましょう。ハーブ系の講習会で「美白」をコンセプトにしたクリームづくりなど、目にしますね。そもそも白い肌は、どうして「美」なのでしょう?

 

H 私自身は、美白への興味もこだわりもないんです。なので、アッシュでは美白をコンセプトにした講座はしていません。

S それはまた、どうして?

H 
美しさの中に白さがあるのは素敵だと思いますが、白さと美しさがまったくのイコールという考えには疑問符です。興味がないというよりも、そう答えたほうがいいかもしれませんね。
ただし、皆さんのお悩みを伺うとやはり美白への憧れや想いは強いようですから、結果的に美白を目的としたスキンケアをご紹介することはあります。でも美白ばかりを目的に肌が苦しくなるほどの紫外線防止効果(SPF)の高い日焼け止めを塗るのはホリスティックに考えて心と身体によくないと思っています。

 日焼けに関しては、私自身は夏はいっぱい太陽を浴びて気持ち良く植物や自然と戯れたい人間です。「焼けちゃうから」と完全防備してフィールドに出るのは、いやなのですね。もちろん日光アレルギーがないことに感謝したうえでのことですが。ただし、紫外線のダメージから自分を守ることは必要だと思うので「紫外線対策」は講座でも取り上げています。

「メディカルハーブプロジェクト」のフィールド講座を続けてきた4年間で、自分で何度か失敗や反省もしましたから、それは貴重な経験としてスキンケアや講座にも活かしています。

 日本人の白い肌へのあこがれは文化的・民族的要素もかなり含んでいるように思います。なんとなく隠されたものに魅力や色気を感じる、うなじや着物の裾から除く足首とか胸元とか。多分その民族の衣装と美意識は深い関係があると思いますし、衣装はその国にある植物や鉱物などの風土に根差していますね。たとえば南国の衣装には原色が多くて濃い目の肌の色にも映えます。日本は中間色が多いし色を表現する言葉も多彩。その中で白は輪郭が強くてインパクトのある色だと思います。

雪国の女性の肌が美しいというのと雪の美しさを愛でるというのも共通しているかもしれません。これは女性にも男性にも通じるかな。それなら女性が白く美しくありたいという願うのも自然ですよね。須藤さんはいかがですか?

 

S 白い肌というと、かつて病的に白くて急逝された料理研究家(実業家)を思い出してしまうのですが、あれほどの極端は別として、やっぱり惹かれますね。おっしゃるように肩とかうなじとか、それぞれに細くて儚いのは非常によろしいものです。とりわけどこの白いのが一番かということは、もう二千年くらい前から私ども男子が話してきたテーマなのですが、ここでは教えてあげません。

 

H 教えていただかなくて結構です(笑)。男性が特定の部位に対して惹かれるのは、母親への想いもあるのではないでしょうか。背負われていたときのうなじや抱っこされていたときの胸元が無意識のうちに刷り込まれて、大人になってからも好みや性癖に影響するのかもしれませんね。
白への憧れは女性にとってもあると思います。
ただそれは自身のオリジナルな美意識だけでなくて、世間が求める女性像もあるように思えます。斜に構えるようですが、女性は儚い方が美しいという世間感覚ってありませんか?その儚さに白い肌が伴ってくるのかと。白い肌は輝いて美しく見えるし、ときに儚さにもつながるところで憬れるのかもしれません。
                                         つづく


鷺島広子さん(アッシュ)による2018年の新講座「さとやまハーバルライフ」を受付中です。
少人数でゆっくり、ハーブや里山と触れ合ってください。

都会では味わえない時間と空間があります。
日曜と平日の2コースがあります。
1月22日には、すどう農園での説明会もあります(説明会に来なくても参加できます)。
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