雨の日の青。
晴ればれと。
連休には縁がない仕事なので、せめて雨が静かなご褒美。
初めて育てたバタフライピーに「すどう農園」のジンジャーシロップ。
台風にささくれた気持ちが、すうっと鎮まります。
おもりを繋いだ糸に曳かれて沈んで、深々と砂底に逢着。
振り仰ぐ頭上の青は、海か蒼穹か。
黒々と踊る影は、魚か鳥か。
ふと、グラスの青に閃くものがあって、記憶が今頃つながる不思議。たとえ無意識の後づけとしても。
これだ、この青だった。
これは良いものだ。
とてもきんたまに良いんだよ。
★ ★
1ドルが240円以上の円安だった80年代前半を覚えていますか?85年に竹下登がニューヨークで手打ちをしてドル安に誘導しましたね。あの「プラザ合意」までは、学生が気軽に海外に出られる為替レートではなかった。それでガイドブックの編集部にバイトで潜り込んで、データ収集の下働きで飛ばせてもらった。
たとえば当時のバリ島には日本人向けのコンテンツが少なくて、デンパサールのツーリストに赴きました。対応頂いたのは悠揚迫らぬジェントルマン。シルクの開襟シャツの灼けた胸元も精悍で優雅な物腰。
「今回は、ハネムーンの方々をターゲットにした企画なのですが」
「心得てございます」
「とりわけ雨の日に、ご案内したいコンテンツなのですが、いかがなものかと思いましての御相談です」
「左様でございますか。それでしたら火山を巡るバスツアーなどいかがでしょうか」
「火山とは愉しそうですね。フニクリ・フニクラみたいな?」
「という程の絶景でもないのですが、火山の名前がキンタマニーと言います。つまりキンタマに良い、という所にあやかりまして」
「なるほど・・・」
「キンタマニーツアーと申します」
「いかにも・・・」
「ただいま仰ったハネムーンの方々が、まさにターゲットでございます」
マジっすか。それ?
と顔に出すような真似はしない。学生バイトでもお仕事だから。
翌朝のツアーバスは、某国の善男善女の詰め合わせ。
良いことのある場所というのは、禿げた赤土の剥き出たそれだけの山裾だった。凡庸こそ最善という格言を思い出した。
木造の道の駅があって、レストランに「キンタマニースペシャル」とカタカナで書かれたメニューが大きくある。バスを降りてきた善男善女が皆で指さすと暖簾がまくり上がって、とても良いドリンクが繰り出してくる趣向。トレイの上で涼し気に泡立つ青、青、青の良いことづくめ。
二本挿しのストローを束ねて飲み干して一気に書いた原稿はしかし、そもそもドリンクの素性すら訊ねなかった詰めの甘さもあってか、東京の雑居ビルの枯れて乾いた編集部に没した。
あのときのあれが、たぶんこれだ。
あちらがスペシャルなら、ここでいまプレミアムを名乗ってもいい。ご所望で目薬ほどのラムを垂らしてもいい。
これはきっと、とてもいいぞ。
何ドルがいいかな?